2018年6月23日 (土)

これがホントの「☆信じられないが、本当だ」・5185 ( オートバイ )

 この手のビジネスは中国企業の十八番&お家芸と思ってましたが・・(思案)
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      パリの街で電動スクーターをシェア、米新興企業が進出
ロンドン(CNNMoney) 電動スクーターのシェアサービスを手がける米新興企業のライムがフランスに進出し、パリで22日から数百台の提供を開始する。
ライムによると、パリでシェアする電動スクーターは、近いうちに数千台に増やす予定。ユーザーはアプリ経由でスクーターを探して開錠できる。料金は開錠に1ユーロ(約127円)、使用は1分につき0.15ユーロ(約19円)。
米国では既に100万人が、シアトルやダラス、ロサンゼルスなどの都市でライムの自転車やスクーターのシェアサービスを利用している。欧州では先週、スイスのチューリッヒでもサービスが開始された。
電動スクーターは通勤客や観光客にも人気が高い。パリ市長の広報は「市民が移動しやすくなる」と歓迎しながらも、「歩道を走ったり、歩行者の動きを妨げたりしてはならない」とくぎを刺した。
各社が展開する自転車などのシェアサービスをめぐっては、各地で人にぶつかったり交通を妨害したりするトラブルも頻発。サンフランシスコやダラスなどは、違法駐車の苦情を受けて、新規制の導入を計画している。
ライムのスクーターにはデジタル速度計が搭載され、最高時速は約30キロ。同社が夜間に充電し、毎朝市内の各地に戻す。
ライムのような新興のサービスは、専用の場所に停めておくドッキングステーションを必要としないことが利点とされ、米シリコンバレーや中国の投資家が多額を投資してきた。(CNNより抜粋)
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 それこそ「真珠湾奇襲を受けてスッパリ空母中心に切り替えた」柔軟さをビジネスの世界でも再現しているようでして、米国の底力を・・(感嘆)

後半も終わりからですが、やっとテレビで

後半も終わりからですが、やっとテレビで見られました。吹き替え音声、面白いですね!聞こえない私にとっては、2年前に上映を見逃した吹き替え版バリアフリー字幕でした。予約録画したので、最初から観るのが楽しみです!

2018年6月22日 (金)

シャンプーに来てくれました🐶

こんにちは!
当知店の近藤です
今日はショウキチくんがシャンプーに来てくれました
シャンプー前です!小さくてとっても可愛いんですよ
そしてシャンプー後!
目の周りをカットで可愛いお顔が出てきました!さらに可愛さUPです
とってもお利口さんでした!!
次はカットコースで来てくれるそうです
ご来店お待ちしております

週末のお供は、今回はこれ! ^_^ - HALクリニックの診察室から

 今週末は東京に出かけますが、お供はどうするか考慮中…


 どちらもお気に入りですが…
あまり派手さはありませんが、どちらもちょっと薀蓄を語れる時計です 

 で、選んだ時計は…


夏なので、レザーベルトよりはブレスの方が汗の心配が
ありません。

外見は普通の腕時計ですが、中身は古いウオルサムの
女性用の懐中時計です 


 さて、東京も暑いでしょうか?

夏の斑入り植物と山野草展 - 緑化センターだより

みなさん、こんにちは
梅雨の合間の晴れの日は、緑が鮮やかできれいですね
緑化センターでは、6月22日(金)〜6月24日(日)まで夏の斑入り植物と山野草展を開催中です。
夏にふさわしく涼しげな展示です

ハラン、緑と白が涼し気です

苗の販売もあります

温室では、七夕まつりの飾り付けをしました

どうぞ、記念写真など撮ってくださいね
アジサイも見ごろになりました

是非、お越しください

  これからの展示会の予定  
6月27日(水)〜7月1日(日)ハーブ展
7月4日(水)〜7月11日(水)竹の魅力と七夕展
7月4日(水)〜7月13日(金)名大病院院内学級児童生徒作品展
7月13日(金)〜7月15日(日)ベゴニア展苗販売有り
7月26日(木)〜8月2日(木)鶴舞公園写生コンクール作品展
8月4日(土)〜9月2日(日)私の植物画展

 ツイッター、インスタグラム、随時更新中です
鶴舞公園ツイッタ―
(https://twitter.com/tsurumapark)
鶴舞公園インスタグラム
(https://www.instagram.com/tsuruma_park

キュゥベえ「僕と契約して魔法少女になってよ」 ( その他テレビ )

キュゥベえ「僕と契約して魔法少女になってよ」
節子「魔法…少女?」

70以上でも向上できるが、容易でない ( クリエイティブライフ )

若い頃は、60歳以降は横ばいか下降すると思っていた。
まあ、そういう人のほうが多い。
一部の人は70歳以降でも進歩向上(部分的にせよ)している。
素晴らしいことと敬服する。
謙虚に学ぶ姿勢はもちろんとして、挑戦開拓する意識が見える。おそらく、若い頃から失敗挫折にめげずに未知の分野に接してきて、今も続けているのだろうと思う。
新しいことは不安であり、リスクがある。最初からうまくいくことはない。
そのとき、「損をした」「やるんじゃなかった」と思わないんだろうね。
一番の違いは、これかもしれない。

誰か貰って下さい? - ぐ〜たら招き猫のつぶやき

近くにお店が無いので、応募出来ません…

近くにお店が有る方、貰って下さい!


★6448076 5632638
★2090998 7796152

今月末、〆切です?

簡単なはずの合同会社設立を煩雑にしているものその全貌を明らかにする企画

渡辺です。
愛知県一宮市で、行政書士事務所の開業を目指し準備中です。

行政書士を目指す端くれとして、法律や統計など、できる限り客観的なものを交えて発信していこうかと思っています。
が、そうもならない時もあるかと思います。
どうぞよろしくお願いしますm()m

さて、合同会社設立登記申請の書類が揃ったところで、これらの必要な書類を法務局へ提出し、問題なく受理されれば合同会社の設立が完了します。

では、この書類をどうやって法務局へ提出すればよいでしょうか。
もちろん直接窓口へ持っていくことができれば、それが一番シンプルかもしれません。直接持っていく方法も含め、提出方法としては次の3つになります。

直接持っていく。
郵送する。
オンライン申請する。

簡単なはずの合同会社設立を煩雑にしているものその全貌を明らかにする企画でも触れましたが、これら3つの方法は並列ではありません。
オンライン申請については、オンラインで送信できる書類が限られれているからです。
地元名古屋法務局に確認したところ、設立登記申請書登記すべき事項電子定款、この3つだけで、他は紙に印刷して窓口に持っていくか郵送するしかありません。各法務局によって対応が異なる可能性があります。少なくとも、印鑑届書については、オンライン送信することはできないようです。

つまり、例えオンライン申請システムを利用したとしても、直接持っていくか郵送するかのいずれかの方法との組み合わせをすることになる、ということです。
以上のことを踏まえ、改めて提出方法をまとめると、、、

すべての書類を直接持っていく。
すべての書類を郵送する。
オンライン申請と直接。
オンライン申請と郵送。

この4パターンになります。
さて、どうでしょうか。
オンライン申請をするには、申請用のソフトウェアをダウンロードするなど、知識と手間が必要です。どうせ、直接持っていくか郵送しなければならないのであれば、最初からすべてどちらかに統一したほうがシンプルですよね。

オンライン申請システムは便利ですが、すべての書類が送信できない現時点では、少なくとも合同会社設立登記申請においてはメリットはないと考えます。
ややこしいのは、法務局がオンライン申請を押し付けてくる感があることです。
出典
申請書の、登記すべき事項についての注釈で、登記すべき事項をオンラインにより提出してくださいと、指示しています。
することができますとか、オンライン送信が便利ですとか、そういったニュアンスは一切ありません。オンライン申請にすべての書類が対応していない状況では、手間を増やすだけだと思うのですが。

こんな感じで、合同会社設立の登記申請には、様なややこしい状況が絡み合っています。

ただ、流れを見失わず、情報を整理すれば決して難しい作業ではありません。新しいビジネスがどんどん生まれ、経済の活性化に寄与するためにも、こうした煩雑さを取り除いていきたいものです。

合同会社設立を明らかにするシリーズ

第1回
簡単なはずの合同会社設立を煩雑にしているものその全貌を明らかにする企画
第2回
簡単なはずの合同会社設立を煩雑にしているものその全貌を明らかにする企画
第3回簡単なはずの合同会社設立を煩雑にしているものその全貌を明らかにする企画
第4回簡単なはずの合同会社設立を煩雑にしているものその全貌を明らかにする企画
補足電子定款作成についての記事2018年6月18日付の内容一部修正
第5回簡単なはずの合同会社設立を煩雑にしているものその全貌を明らかにする企画

現在、登録申請中のため、行政書士を語っての営業業務はできません。表現には注意しているつもりですが、当ブログ内容に紛らわしい点、法律に抵触する疑いのある点などございましたらご指摘ください。不備があれば直ちに訂正致します。

【みんな生きている】石岡 亨さん《米朝首脳会談》/NHK[北海道] ( アジア情勢 )

−その命、見捨てますか?−
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!米・朝首脳会談 北海道内の受け止めは》
【6月12日18時16分】
史上初めてとなった米・朝首脳会談が6月12日にシンガポールで行われ、朝鮮半島の完全な非核化等について合意しました。
北海道内では合意に期待する声がある一方、北朝鮮の今後の対応に注視したいといった声が聞かれました。
アメリカのドナルド・トランプ(Donald John Trump)大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、シンガポールのリゾート地にある高級ホテルで史上初の米・朝首脳会談に臨み、日本時間の午後3時前に会談の成果として共同声明に署名し、朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組むこと米・朝で新しい関係を樹立するため取り組むこと永続的で安定した平和体制構築へ努力すること等に合意したということです。
また、トランプ大統領はその後に記者会見の中で拉致問題を取り上げたことを明らかにしました。
札幌市の43歳の男性は
「子どももいるので朝鮮半島情勢が気になる。ただ知らない間に日本が国際社会の議論から置いて行かれないかが心配。次なるミサイル発射は勘弁して欲しい」
と話していました。
また美唄市の21歳の男子学生は
「これまで北朝鮮は合意を守ってこなかったが、米・朝の合意通り非核化が進んでほしい。拉致問題の解決にも期待したい」
と話していました。
拉致問題について札幌市出身の拉致被害者・石岡 亨さんの兄の章さんはNHKの取材に対し
「今の時点では内容が何も分からないが、これから安倍晋三総理大臣にも細かい説明があり、僕らにも伝えられることがあるかもしれない」
と話しています。
太平洋戦争中、両親が朝鮮半島から北海道に移り住んだものの、戦後は朝鮮戦争で帰国できなくなった在日韓国人2世のイム・ピョンテクさんは
「南北の冷戦構造が解き放たれるかどうかのということに向けて平和的解決に向けての大きなステップになると感じる。これから朝鮮半島の平和のために何が出来るか考えたい」
と話しています。
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■救う会道南HP
http://www.satoukenji.jp/sukuukai_dounan/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc
◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:石岡 亨さん(拉致被害時22歳)
被害者:松木 薫さん(拉致被害時26歳)
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■熊本県警HP
http://www.police.pref.kumamoto.jp/
[In or around May 1980: Two Japanese men abducted in Europe]
Abductees: Toru Ishioka (22, male, Europe), Kaoru Matsuki (26, male, Europe)
Both men disappeared while living in Europe in 1980. A letter postmarked in Poland and sent by Mr. Ishioka in 1988 to his family in Japan indicated that he, Mr. Matsuki and Keiko Arimoto (see 12 below) were all living in North Korea.
North Korea asserts that Mr. Ishioka and Ms. Arimoto died in a gas poisoning accident in November 1988, but has provided no documents or evidence to support these claims. North Korea also asserts that Mr. Matsuki died in an automobile accident in August 1996. In September 2002, and at the Third Japan-North Korea Working-Level Consultations held in September 2002 and November 2004, North Korea handed over remains possibly belonging to Mr. Matsuki, but analysis in Japan indicates that these remains contain DNA belonging to someone else.
The Japanese authorities issued arrest warrants in June 2007 for Junko Mori and Sakiko Wakabayashi (nee Kuroda), wives of Yodo-go members, who are believed to be responsible for these abductions, and listed them both with Interpol. The GoJ demands that North Korea extradite them to Japan.
《特定失踪者・斉藤四郎さんについて》
◆氏名:斉藤 四郎
(さいとうしろう)
◆失踪年月日:昭和31(1956)年3月18日
◆生年月日:昭和13(1938)年11月23日
◆性別:男
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:北海道札幌市中央区
◆当時の身分:板金工見習
◆身長:160cmくらい
◆失踪場所:北海道札幌市
【失踪状況】
昭和29年から板金見習として住み込みで働いていた。
当日は板金組合の講習があり、朝会社の人と一緒に行ったというが講習会場には行っていない。会社にも戻ってこなかった。
会社の同僚の話では、前夜布団を被って泣いていたとのこと。
《特定失踪者・野崎幸夫さんについて》
◆氏名:野崎 幸夫
(のざきゆきお)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年7月1日
◆生年月日:昭和9(1934)年10月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の身分:消防職員
◆身長:168cm
◆体重:67kgくらい
◆特徴:
1)自動車整備技術あり
2)煙草は吸わない
3)スポーツは特にやらない
4)酒は少々飲む
◆失踪場所:北海道上川郡下川町消防本部
【失踪状況】
消防本部で12時のサイレンを吹鳴した後失踪。
昼食は通常自宅で摂っていたが、妻から昼食に戻らないと連絡が入り失踪が判明。
《特定失踪者・森 洋子さんについて》
◆氏名:森 洋子
(もりようこ)
◆失踪年月日:昭和38(1963)年9月20日
◆生年月日:昭和19(1944)年5月15日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:北海道亀田郡戸井村(現・函館市)
◆当時の身分:雑貨商の実家手伝い
◆身長:163cm
◆体重:48kg
◆特徴:
1)色白
2)長身で痩せ型
3)盲腸の手術跡
4)鼻の右下と口の下に小さなほくろあり
5)髪はパーマをかけていた
◆失踪場所:北海道函館市千歳町のバス停留所付近
【失踪状況】
高校時代の友人の家に泊まりに行き、翌日別の友人と買い物をしたり、函館山へ遊びに行く。
20日夕方、友人と喫茶店2軒で時間をつぶし、午後9時頃のバスに乗るため、2人でバス停に向かう。
その後、洋子さんは前日に宿泊した友人の所へ泊まると言い、バスで帰る友人と別れたのが最後。
《特定失踪者・西平カメさんについて》
◆氏名:西平 カメ
(にしひらかめ)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年10月
◆生年月日:昭和3(1928)年4月20日
◆性別:女性
◆当時の年齢:37歳
◆当時の身分:専業主婦
◆身長:155cm〜160cm
◆体重:60kgくらい
◆失踪場所:北海道帯広市
【失踪状況】
失踪の2、3日前に内縁の夫と喧嘩をしていた。
ある朝家族が起きるといなくなっていた。
家財、衣類なども全く手付かずで、着のみ着のままでいなくなっていた。
内縁の夫との間に生まれた2歳くらいの乳呑児もそのまま置き去り。
その後一切の連絡なし。
戸籍上は大田カメ。
《特定失踪者・吉田信夫さんについて》
◆氏名:吉田 信夫
(よしだのぶお)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年5月25日
◆生年月日:昭和10(1935)年8月30日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の住所:北海道小樽市
◆当時の身分:会社員
◆身長:160cmくらい
◆体重:55kgくらい
◆特徴:右目の視力が弱く多少斜視
◆失踪場所:札幌市の会社を退社後
【失踪状況】
手稲工場を退社後行方不明となる。
汽車通勤で転勤後間もないため小樽工場へ立ち寄った可能性がある。
《特定失踪者・山形キセさんについて》
◆氏名:山形 キセ
(やまがたきせ)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年8月以降
◆生年月日:昭和18(1943)年9月13日
◆性別:女性
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:和裁見習い
◆身長:159cmくらい
◆特徴:
1)中肉
2)八重歯
◆失踪場所:神奈川県川崎市
【失踪状況】
青森県弘前市の中学校卒業後、川崎で和裁の見習いをしていた。
昭和40年8月以降、手紙も写真も届かなくなり、それ以来音信不通となった。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/
《特定失踪者・蘇武てつ子さんについて》
◆氏名:蘇武 てつ子
(そぶてつこ)
※てつ子さんの「てつ」は「吉」の字を横に2つ書きます。
◆失踪年月日:昭和42(1967)年1月9日
◆生年月日:昭和17(1942)年8月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:北海道帯広市
◆当時の身分:編み物教室生徒
◆身長:158cm
◆体重:55kg
◆特徴:
1)近視で眼鏡使用
2)中肉中背
3)太めの髪質
◆失踪場所:北海道帯広市の自宅
【失踪状況】
1月9日は吹雪のような日であった。
夕方18時頃、孝夫さんが一時帰宅した際にはてつ子さんは在宅であった。
その後孝夫さんは仕事に出かけ、21時頃に妹サトエさんが帰宅した際にてつ子さんはいなくなっていた。
何時も着ていたオーバーは無く、お財布と普段履いていた靴は無くなっていた。
その他、保険証、貯金通帳等は残されてまま。荷物をまとめた形跡や荒らされてもいない。
てつ子さんは当時仕事には就いておらず、2年程市内の編み物教室に毎日通っていた。
失踪後2、3年程、十勝清水の実家に無言電話が年に2、3回続いた「てっちゃん」と呼びかけても返事は無く切れてしまった。
失踪から2年程経って、帯広警察へ失踪届けを出したが事件性が無いとして捜索はしていない。
《特定失踪者・吉田雪江さんについて》
◆氏名:吉田 雪江
(よしだゆきえ)
◆失踪年月日:昭和42(1967)年1月28日
◆生年月日:昭和24(1949)年2月18日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:電話交換手
◆身長:156cm
◆体重:55kg
◆特徴:中肉
◆失踪場所:北海道釧路市
【失踪状況】
当日夜、同僚の結婚式があり、午後8時半頃、「新婚旅行への出発を見送りに行く」と時刻表を指して時間を確認して出かけたまま帰らず。
警察の報告では駅で見かけた人はいなかった。
荷物も持っておらず、社内預金もそのままだった。
《特定失踪者・山崎博司さんについて》
◆氏名:山崎 博司
(やまざきひろし)
◆失踪年月日:昭和42(1967)年5月8日
※北海道警の公表では昭和42年4月12日
◆生年月日:昭和19(1944)年3月8日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:北海道士別市
◆当時の身分:農業
◆身長:170cm
◆体重:60kg
◆特徴:左の頬の鼻に近いところに4mmくらいの黒いホクロ
◆趣味:カメラ
◆失踪場所:北海道士別市
【失踪状況】
失踪当日昼、「遊びに行く」と自転車に乗って出かけたまま帰らず。
総出で2日間探した結果、国道のすぐ側の知人の家で自転車は見つかる。
当時どこの家にも車はなかったが、この日暗くなってから、車が自宅の入口に来てすぐにUターンして行ってしまった。
妹が「兄ちゃんが帰ってきた」と言ったのでのぞいて見たが誰も降りてこなかった。
《特定失踪者・城崎暎子さんについて》
◆氏名:城崎 暎子
(しろさきえいこ)
◆失踪年月日:昭和42(1967)年4月21日
◆生年月日:昭和21(1946)年7月20日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:北海道岩内郡共和町
◆当時の身分:家事手伝い
◆身長:153cm
◆特徴:中肉
◆失踪場所:北海道岩内郡岩内町岩内港防波堤
【失踪状況】
失踪当日、朝8時か9時頃、いつものように母親に「服地を買いに町に行ってくる」と言い残して外出した。
同日12時頃、岩内港の防波堤に、本人の靴、かばん、服地、ケーキなどが置いてあるのを地元漁師が発見し、岩内署に連絡した。
遺留品が本人のものと確認できたため、警察がダイバーを出して付近海底を捜索したが、死体を発見することができなかった。
自殺の動機は考えられない。ましてや昼間の失踪であるので自殺はないと考えられる。
遺留品の「服地」は買い物をしたままの状態だった。どこで買ったかは不明。
遺留品の「ケーキ」は箱に入って残っていた。どこで買ったかは不明。
町に出かけると、いつもケーキを買って帰っていた。
遺留品のケーキも誰かの誕生日のためというものではない。
《特定失踪者・岡田優子さんについて》
◆氏名:岡田 優子
(おかだゆうこ)
◆失踪年月日:昭和42(1967)年10月23日
◆生年月日:昭和28(1953)年3月27日
◆性別:女性
◆当時の年齢:14歳
◆当時の住所:北海道常呂郡佐呂間町
◆当時の身分:中学3年生
◆身長:150cm
◆特徴:
1)小太り
2)盲腸の手術痕
◆失踪場所:北海道常呂郡常呂町
【失踪状況】
失踪した当日、「ちょっと風邪をひいた」ということで中学校を休んだ。
浜佐呂間から汽車で20分程離れた常呂町内の文房具屋で何かを買っているところを、実家の近所の人が目撃した。
その後、常呂の海岸で本人のカーディガンが見つかった。
《特定失踪者・紙谷慶五郎さんについて》
◆氏名:紙谷 慶五郎
(かみやけいごろう)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年11月7日
◆生年月日:明治45(1912)年3月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:56歳
◆当時の身分:漁業
◆失踪場所:北海道雄武町元稲府(おうむちょうもといねっぷ)北岸港から7km付近
【失踪状況】
父親の所有する漁船「圭運丸」(6トン)に息子の3人がともに乗船し、当日午前6時頃に北海道雄武町元稲府北岸港を出港し、港から7キロ付近にてイカ底建て網漁を操業。
帰港する他の僚船とすれ違って漁場に出て遭難。遭難当時はベタなぎだったが、潮の流れが速く、他の僚船は操業を中止していた。そのため、遭難現場を目撃した人物はおらず、付近に他の船が存在したかどうかも確認されていない。
船体は遭難付近の海底にて発見されたものの、引き上げ作業に失敗した。船の油や残留品などが海面で発見された後に、雄武町付近の海岸でも発見された。
乗組員4人の遺体は発見されないまま、捜査は打ち切られた。
《特定失踪者・紙谷圭剛さんについて》
◆氏名:紙谷 圭剛
(かみやけいご)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年11月7日
◆生年月日:昭和16(1941)年3月20日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の身分:漁業
◆失踪場所:北海道雄武町元稲府(おうむちょうもといねっぷ)北岸港から7km付近
【失踪状況】
父親の所有する漁船「圭運丸」(6トン)に息子の3人がともに乗船し、当日午前6時頃に北海道雄武町元稲府北岸港を出港し、港から7キロ付近にてイカ底建て網漁を操業。
帰港する他の僚船とすれ違って漁場に出て遭難。遭難当時はベタなぎだったが、潮の流れが速く、他の僚船は操業を中止していた。そのため、遭難現場を目撃した人物はおらず、付近に他の船が存在したかどうかも確認されていない。
船体は遭難付近の海底にて発見されたものの、引き上げ作業に失敗した。船の油や残留品などが海面で発見された後に、雄武町付近の海岸でも発見された。
乗組員4人の遺体は発見されないまま、捜査は打ち切られた。
《特定失踪者・紙谷礼人さんについて》
◆氏名:紙谷 礼人
(かみやのりひと)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年11月7日
◆生年月日:昭和23(1948)年4月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆当時の身分:漁業
◆失踪場所:北海道雄武町元稲府(おうむちょうもといねっぷ)北岸港から7km付近
【失踪状況】
父親の所有する漁船「圭運丸」(6トン)に息子の3人がともに乗船し、当日午前6時頃に北海道雄武町元稲府北岸港を出港し、港から7キロ付近にてイカ底建て網漁を操業。
帰港する他の僚船とすれ違って漁場に出て遭難。遭難当時はベタなぎだったが、潮の流れが速く、他の僚船は操業を中止していた。そのため、遭難現場を目撃した人物はおらず、付近に他の船が存在したかどうかも確認されていない。
船体は遭難付近の海底にて発見されたものの、引き上げ作業に失敗した。船の油や残留品などが海面で発見された後に、雄武町付近の海岸でも発見された。
乗組員4人の遺体は発見されないまま、捜査は打ち切られた。
《特定失踪者・紙谷速水さんについて》
◆氏名:紙谷 速水
(かみやはやみ)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年11月7日
◆生年月日:昭和26(1951)年1月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:17歳
◆当時の身分:漁業
◆失踪場所:北海道雄武町元稲府(おうむちょうもといねっぷ)北岸港から7km付近
【失踪状況】
父親の所有する漁船「圭運丸」(6トン)に息子の3人がともに乗船し、当日午前6時頃に北海道雄武町元稲府北岸港を出港し、港から7キロ付近にてイカ底建て網漁を操業。
帰港する他の僚船とすれ違って漁場に出て遭難。遭難当時はベタなぎだったが、潮の流れが速く、他の僚船は操業を中止していた。そのため、遭難現場を目撃した人物はおらず、付近に他の船が存在したかどうかも確認されていない。
船体は遭難付近の海底にて発見されたものの、引き上げ作業に失敗した。船の油や残留品などが海面で発見された後に、雄武町付近の海岸でも発見された。
乗組員4人の遺体は発見されないまま、捜査は打ち切られた。
《特定失踪者・斉藤 裕さんについて》
◆氏名:斉藤 裕
(さいとうひろし)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年12月1日
◆生年月日:昭和25(1950)年9月17日
◆性別:男
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:北海道稚内市
◆当時の身分:高校機械科3年生
◆身長:160cm
◆特徴:
1)小柄で痩せ型
2)腕に火傷痕(左右は不明)
3)盲腸の手術跡あり
◆失踪場所:北海道稚内市内
【失踪状況】
当日夜7時頃、4キロくらい離れた友人宅を訪ねたが友人は不在だったので、「また来る」とその家族に告げて浜の方へ下りていったまま消息不明。
翌年4月から大阪の会社に就職が決まっていた。
平成16年1月29日、北海道県警に告発状提出。
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/
《特定失踪者・国井えり子さんについて》
◆氏名:国井 えり子
(くにいえりこ)
◆失踪年月日:昭和43(1968)年12月12日
◆生年月日:昭和26(1951)年10月11日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:北海道網走市
◆当時の身分:高校2年生
◆身長:156cm
◆特徴:
1)色白
2)眼鏡使用
3)盲腸の手術痕
◆失踪場所:北海道網走市内の自宅から
【失踪状況】
失踪する数日前から、家には「学校へ行く」と言って出かけていたが、家族が仕事に出かけたあとで家に戻り、自分の部屋に閉じこもっていた(知人の証言)。
失踪した日の午前7時30分頃、「学校で試験があるのでいつもより早く学校へ行く」といってみかんを半分だけ食べて自宅を出たまま行方不明。
失踪時の服装は高校の制服。
普段かけていた眼鏡は部屋に置かれたままで、日記も2冊あった(日記は警察に提出し、その後処分された)。
衣服などは持ち出した形跡はなかったが、アルバムがなくなっていた。
高校生だったのでお金もそんなにもっていない。家のお金にも手をつけていない。
失踪後、数日してから無言電話が3〜4回かかってきた。家族が出ると一方的に切れるものだった。
同様の無言電話が複数の親戚のところにもあった。
脱北者がもたらした写真が、国井えり子さんである可能性がある。
平成17年9月30日、北海道警に告発状を提出。
《特定失踪者・長谷川文子さんについて》
◆氏名:長谷川 文子
(はせがわふみこ)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年3月
※北海道警の公表では昭和44年4月頃
◆生年月日:昭和27年(1952)2月22日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:北海道美唄市
◆当時の身分:看護師・夜間高校生(当時の勤務先の炭鉱病院は閉鎖、通学していた美唄市内の高校は閉校)
◆身長:157cm
◆体重:50kg
◆特徴:
1)丸顔
2)頭髪は黒色でショートカット
◆失踪場所:北海道美唄市
【失踪状況】
夜の8時か9時頃、勤務先の病院もしくは通学先の高校からの帰宅途中に失踪。
本人が利用していたバスの運転手の証言によれば、友人と一緒にバスに乗り、自宅近くのバス停にて一人で下車したという。
これが最後の目撃情報。友人が誰かは不明。
警察の捜査によっても、なんら痕跡が残っていなかった。
当時、家族がテレビ、ラジオで呼びかけたが、全く手がかりはなかった。
本人が勤務していた美唄炭鉱病院があった美唄炭鉱には、終戦時には最大6,000人もの在日朝鮮人が働いていたが、終戦直後に帰国。
《特定失踪者・名取志津子さんについて》
◆氏名:名取 志津子
(なとりしづこ)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月2日
◆生年月日:昭和27(1952)年2月16日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:金物店勤務
◆特徴:
1)小柄
2)丸顔
◆失踪場所:北海道瀬棚郡北檜山町
【失踪状況】
勤務先であった姉の嫁ぎ先より帰宅途中に失踪。
当時は瀬棚線で通勤していた。
静岡から戻ってくる母が午後7時半頃北桧山駅に列車に乗る予定だったため、いつもより店を出る時間を約1時間遅らせた。
帰り際に「明日母のお土産をもってくるから」と親類に言って店を出た。
《特定失踪者・阿部妙子さんについて》
◆氏名:阿部 妙子
(あべたえこ)
◆別名:山田 妙子
(やまだたえこ)
◆失踪年月日:昭和50(1975)年8月25日
◆生年月日:昭和28(1953)年2月17日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:北海道札幌市中央区
◆当時の身分:飲食店従業員
◆身長:167cm〜168cm
◆体重:45kgくらい
◆特徴:
1)話をするとき歯を舌で隠すような話し方
2)細身で足が長くスタイルは良かった
3)顔は小さく卵形
4)色白
◆失踪場所:北海道札幌市
【失踪状況】
本名は阿部妙子。
山田妙子、山田洋子という通称を使っていた。
家族が同棲相手に電話したところ「2、3日前からいない」と言われて友人と部屋を訪ねたが姿はなかった。
失踪の数日前電話があり「兄弟仲良く、元気で暮らすように」と言われた。
その後妹が、妙子さんの友人から「妙子さんがお別れの挨拶に来た。別人のようにやつれていたし、どこかに行くの?」と聞かれた。
《特定失踪者・佐賀直香さんについて》
◆氏名:佐賀 直香
(さがなおか)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年8月1日
◆生年月日:昭和45(1970)年3月21日
◆性別:女性
◆当時の年齢:6歳
◆当時の住所:北海道根室市
◆当時の身分:北海道根室市立北斗小学校1年生
◆特徴:左右どちらかの臀部に火傷痕がある
◆失踪場所:北海道根室市本町
【失踪状況】
昭和51(1976)年8月1日午後1時ころ、「遊びに行く」と言って自宅を出て、棒切れを持って自宅前で遊んでいる直香さんを母親が目撃したのを最後に行方不明となった。
その後近くのデパート前の道路を棒切れを持った直香さんが歩いていたのを目撃されている。
また、根室市梅ヶ枝町または緑町付近で住民から目撃されている。
《特定失踪者・坂上良則さんについて》
◆氏名:坂上 良則
(さかうえよしのり)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年8月10日
◆生年月日:昭和23(1948)年5月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:28歳
◆当時の住所:福島県南相馬市
◆当時の身分:ガソリンスタンド従業員
◆北海道川上郡弟子屈町出身
◆身長:170cmくらい
◆特徴:痩せ型
◆失踪場所:福島県原町市
【失踪状況】
当時本人は下宿住まいで、叔父の紹介で勤めていたガソリンスタンドまで歩いて通勤していた。
失踪当日普段と変わらず、いつも持って歩く手提げバックを持ち下宿を出る。
スタンドに出勤していないので、下宿に連絡するが普段通り出ていったとのこと。
北海道の親元にも連絡があり、両親が下宿先に行き部屋を見たが、何も持って出た様子もなく、今にもすぐ帰ってくるような状態であった。
■福島県警HP
http://www.police.pref.fukushima.jp/
《特定失踪者・前上昌輝さんについて》
◆氏名:前上 昌輝
(まえがみまさてる)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年10月22日
◆生年月日:昭和32(1957)年7月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:京都市左京区北白川
◆当時の身分:無職。直前まで北海道富良野の牧場で働く。
◆身長:173cm
◆特徴:
1)筋肉質の体格
2)大けがのため左目がやや小さい
◆失踪場所:北海道旭川駅
【失踪状況】
北海道富良野の牧場を退職し、京都の実家に「お世話になった人たちに会って、京都に帰る」と連絡していたが、以来消息を絶つ。
後に旭川駅の荷物一時預かりにザックを預けていたことが分かる。
同年11月初旬、実家に男性の低い声で「前上昌輝の家の者か」と電話がある。
電話に出た母親が「昌輝のことを知っているお方ですか」と数回叫んだが、それには答えず「また電話する」と言って電話を切った。
以来手がかりは全くない。
平成16年9月28日、京都府警に告発状提出。
■京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/
■前上昌輝さんの同窓生によるHP
http://www.ja3yaq.ampr.org/%7Ejh3txp/kitashirakawa/maegami.html
《特定失踪者・本多茂樹さんについて》
◆氏名:本多 茂樹
(ほんだしげき)
◆失踪年月日:昭和55(1980)年5月21日
◆生年月日:昭和28(1953)年8月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:北海道札幌市豊平区
◆当時の身分:電話に関する仕事
◆身長:160cm
◆特徴:
1)痩せ型
2)色白
◆失踪場所:青函連絡船
【失踪状況】
就職のため東京へ行く途中、青函連絡船の中に荷物だけ残し行方不明。
北海道警は自殺であろうといい、家族もそうかと思い仏事も済ませたところ、実家や兄のところに、約8ヶ月間、度々無言電話がかかってきた。
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/
《特定失踪者・長尾直子さんについて》
◆氏名:長尾 直子
(ながおなおこ)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年3月16日
◆生年月日:昭和35(1960)年10月25日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:北海道札幌市北区
◆当時の身分:自動車学校事務員
◆身長:155cm
◆体重:45kg
◆特徴:
1)コンタクトレンズ使用
2)前歯2本ほど差し歯
◆失踪場所:北海道札幌市北区篠路
【失踪状況】
いつも通り出勤したがすぐに傘を取りに引き返してきた。
会社に着いたと思われる頃会社から出勤していないと連絡。
普段は会社から日に1、2回電話してくる。
夜になっても連絡なし、心当たりもあたったが分からず。
身の回りのものは手つかずで、預金を下ろしたりもしていない。
《特定失踪者・野田福美さんについて》
◆氏名:野田 福美
(のだふくみ)
◆失踪年月日:昭和57(1982)年10月28日
◆生年月日:昭和9(1934)年11月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:47歳
◆当時の身分:漁師
◆失踪場所:北海道礼文島沖
【失踪状況】
北海道礼文島沖でイカ漁の最中。
当日、海は穏やかで無線僚船と10時半頃まで交信のあと消息不明。
電話で「漁は終わりにして帰途に着く」と告げていた。
お土産、燃料代の精算も袋に入れて船に残されていた。
サンダルが片方ずつ違うものが残り操業状態のまま発見される。
海保のヘリや、礼文島住民、僚船が丸一日捜索して見つからず荒天になり捜索打ち切り。
10艘の船団を率いる団長として5年目、何度と無く時化に遭遇して人命救助の経験もある。
■島根県警HP
http://www.pref.shimane.lg.jp/police/
《特定失踪者・三上慎一郎さんについて》
◆氏名:三上 慎一郎
(みかみしんいちろう)
◆失踪年月日:昭和58(1983)年11月20日
◆生年月日:昭和40(1965)年4月4日
◆性別:男
◆当時の年齢:18歳
◆当時の身分:高校3年生
◆身長:168cm
◆体重:72kg〜73kg
◆特徴:
1)小学校時代はスポーツ野球少年団に加入
2)失踪の年の8月には地元の相撲大会にも参加している
◆失踪場所:北海道旭川市
【失踪状況】
朝、「図書館に行く」と言って自宅前のバス停からバスに乗って出かけたまま。
当日は図書館は休みだった。
そわそわしていて様子が変だったので部屋に行ったら書き置き(自分白書)があった。
失踪前に無断外泊をしたことはない。
スポーツが好きで失踪する3ヶ月前にも相撲大会に出たりしていた。
《特定失踪者・紺屋淑子さんについて》
◆氏名:紺屋 淑子
(こんやよしこ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年9月16日
◆生年月日:昭和37(1962)年2月16日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の身分:理容・美容専門学校学生
◆当時の住所:北海道釧路市鶴ヶ岱
◆身長:157cm
◆体重:52kg
◆特徴:
1)中肉
2)頭髪パーマ
3)近視で眼鏡使用
◆失踪場所:北海道釧路市。当時居住していたアパート
【失踪状況】
9月16日、当時見習いとして働いていた勤務先に「仕事を休む」と電話連絡あり。
9月18日、学校より欠席の連絡があり失踪が分かった。
2日後釧路警察署に届け捜査行われる。
室内に他人が入った形跡なし。
洗濯物は干してあった。
眼鏡もそのままなので、16日夕方に近くの大衆浴場へ行きその途中で拉致された可能性もある。
失踪したときの貯金には全く手が付けられていない。
《特定失踪者・木本佳紀さんについて》
◆氏名:木本 佳紀
(きもとよしのり)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年10月1日
◆生年月日:昭和38(1963)年5月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:青森県弘前市
◆当時の身分:大学生
◆身長:176cm
◆体重:65kg
◆血液型:A型
◆視力:右0.06、左0.05で眼鏡使用
◆特徴:
1)手首に約1cmの火傷の跡がありケロイド状になっている
2)首の後ろに直径約3mmの大きなほくろがある
◆失踪場所:青森県弘前市
【失踪状況】
下宿先アパートから失踪。
机の引き出しには免許証、預金通帳、キャッシュカード、旅行鞄、衣類も残っている。
10月1日付の新聞が部屋の中にあった。
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/
《特定失踪者・高橋勝彦さんについて》
◆氏名:高橋 勝彦
(たかはしかつひこ)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年1月22日
◆生年月日:昭和34(1959)年7月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:教員
◆身長:170cm
◆体重:65kg
◆特徴:
1)痩せ型
2)額の真ん中に3cm程度の傷がある
◆失踪場所:北海道釧路市
【失踪状況】
前日(1月21日)夜12時まで釧路市内にある勤務先の学校の同僚と一緒にいた。
その後帰宅して翌朝出勤しなかった。学校には21日に支給された給料袋がそのまま置いてあった。
同僚の先生たちは飲みに行って事件にでも巻き込まれたのかと思い写真を持って回って調べたがまったくそれらしい情報はなかった。
車を買ったばかりで借金はあったが明るくきちんとした性格で、それでいなくなるようなことはありえないとのこと。
車は校宅に置いたままであった。
《特定失踪者・矢島克己さんについて》
◆氏名:矢島 克己
(やじまかつみ)
◆失踪年月日:平成元(1989)年8月26日
◆生年月日:昭和40(1965年4月4日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:埼玉県大宮市(現・埼玉県さいたま市北区)
◆当時の身分:大学院生(埼玉大学工学部電気工学科電気物理研究室修士課程2年)
◆身長:165cm〜167cm
◆体重:48kg〜50kg
◆特徴:
1)細身
2)色白
3)近視でコンタクトレンズ使用
4)夜、家では眼鏡
◆失踪場所:北海道網走市小清水原生花園ユース
【失踪状況】
8月21日、自宅を出て列車で小樽へ出発。
22日と23日は先輩と一緒、24日先輩が先に帰り1人、摩周湖釧路ユースホステルに宿泊。
25日小清水原生花園ユースホステル泊。
26日にユースホステルを出発したところまで確認できたが、その後不明。
宿帳の文字も本人の物と確認。一週間の予定で出かけた。
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
《特定失踪者・小野寺将人さんについて》
◆氏名:小野寺 将人
(おのでらまさと)
◆失踪年月日:平成3(1991)年7月19日
◆生年月日:昭和42(1967)年2月15日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:北海道登別市
◆当時の身分:ホテル勤務
◆身長:171cm
◆体重:60kg
◆特徴:
1)交通事故の後遺症で左目の視力がない
2)眼鏡をかけているかも知れない
3)アレルギー体質で喘息の発作を起こす
◆失踪場所:北海道富良野
【失踪状況】
富良野ラベンダー祭に登別駅からレンタカーで出発し、その後消息を絶つ。
1泊2日の予定だったがホテルが取れず車中泊。
同21日室蘭警察署に捜索願いを出す。
10月26日十勝岳中腹のホテルの駐車場でレンタカー発見。免許証は見つかっていない。
銀行預金も引き出されていない。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
《特定失踪者・武山京子さんについて》
◆氏名:武山 京子
(たけやまきょうこ)
◆失踪年月日:平成4(1992)年6月12日
◆生年月日:昭和10(1935)年12月20日
◆性別:女性
◆当時の年齢:56歳
◆当時の住所:北海道札幌市清田区
◆当時の身分:会社員
◆身長:145cm
◆体重:48kg
◆特徴:
1)面長
2)左手第四指(薬指)第一関節欠損
3)第三指(中指)第二関節変形
【失踪状況】
6月12日午前8時ころ、浜益郡浜益村の通称大阪山にタケノコ採りに入り失踪。
大捜索するが遺留品は全くなし。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
《特定失踪者・曽ヶ端崇史さんについて》
◆氏名:曽ヶ端 崇史
(そがはたたかふみ)
◆失踪年月日:平成7(1995)年8月24日
◆生年月日:昭和48(1953)年6月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:北海道釧路市
◆当時の身分:釧路公立大経済学部3年生
◆身長:170cm
◆体重:80kg
◆失踪場所:北海道釧路市
【失踪状況】
アルバイト終了後、バイト先の仲間たちと車で夕食に行く。
その後近くに住む後輩を送って下宿に向かう。
以来消息なし。
下宿に戻ったかどうかも分からない。
車も不明。
下宿は洗濯機の中に洗濯物が入ったまま。
窓は開けたままだった。
釧路西・東港で測量会社に海底の調査を依頼したが車はなかった。
《特定失踪者・松永正樹さんについて》
◆氏名:松永 正樹
(まつながまさき)
◆失踪年月日:平成7(1995)年8月28日
◆生年月日:昭和40(1965)年1月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:30歳
◆当時の住所:香川県内
◆当時の身分:無職(以前は運送会社などに勤めていた)
◆身長:170cmくらい
◆失踪場所:香川県善通寺市〜福井〜北海道か?
【失踪状況】
1995(平成7)年8月28日未明、「福井へ10日から2週間、仕事で行ってくる」とメモを残して車で香川県善通寺市の自宅を出たまま行方不明となる。
クレジットカードの支払い明細から8月28日に福井県三方五湖でガソリン34リットル給油。
9月1日以降網走、阿寒湖などで給油。
9日に足寄で29リットルを給油。
同月14日北海道の消印で、本人が本人宛に書いた封書が届く。
本人の部屋へ置いておくが、3週間過ぎても帰らないので開封すると、車番号、銀行口座番号、印鑑、暗証番号、車のキーが入っていた。
9月12日、青森で預金5万円が引き出されている。
同年12月19日、北海道苫小牧市の会社所有地に車が放置されているのが発見される。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■福井県警HP
http://www.pref.fukui.jp/kenkei/
■香川県警HP
http://www.pref.kagawa.jp/police/
《特定失踪者・渡辺栄一さんについて》
◆氏名:渡辺 栄一
(わたなべえいいち)
◆失踪年月日:平成9(1997)年11月9日
◆生年月日:昭和30(1955)年4月17日
◆性別:男
◆当時の年齢:42歳
◆当時の身分:建設技術者
◆身長:165cm
◆体重:59kg〜60kg
◆失踪場所:北海道瀬棚郡
【失踪状況】
失踪前、トンネル作業所から「1週間くらいで作業終了する」と電話で知らせ、その後失踪。
警察や消防団が山狩りなど3日間捜索するが何も出てこず。
12月7日本人の車が川沿いで発見される。
指紋採取をしたがきれいにふき取られ何も出なかった。
《特定失踪者・楠本 勤さんについて》
◆氏名:楠本 勤
(くすもとつとむ)
◆失踪年月日:平成11(1999)年
◆生年月日:昭和22(1947)年12月4日
◆性別:男
◆当時の年齢:52歳
◆当時の住所:東京都荒川区
◆当時の身分:建築士
◆経歴:派遣会社等から依頼されて建築工事施工管理を行う。
数回にわたりODA関連の外国での施工経験あり。
◆身長:164cm
◆体重:62kgくらい
◆特徴:
1)癖毛
2)英語を話せる
3)右目まぶたに約1cmの切り傷
◆失踪場所:東京都荒川区
【失踪状況】
日暮里のウイークリーマンションから「関西方面へ仕事に行く」と友人たちに伝えた後、行方不明。
外国での仕事もあったため長い間連絡のないことがたびたびあり、さほど心配していなかった。
行方不明と確認したのは平成13年秋頃。
出入国の記録はなく、銀行口座から金銭の出入りもない。また運転免許証の更新記録なし。
12月18日に最後の電話で「これから仕事に赴く先の会社で携帯電話を貸与してもらえる。今の私物はそちらへ送るので使ってくれ」と言った。
失踪後に無言電話があった。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
《警視庁公開特定失踪者・小住健藏さんについて》
※西新井事件の被害者
◆氏名:小住 健藏
(こすみけんぞう)
◆当時の年齢:27歳(行方不明当時)
◆当時の住所:東京都板橋区
◆北海道出身
◆当時の職業:工員
◆身長:160cmくらい
【失踪状況】
昭和36年以降、行方不明になっています。
「西新井事件」は、秋田県下の海岸から密入国した北朝鮮工作員チェ・スンチョルが、小熊和也さん、小住健藏さんの2人の実在する日本人に成り代わり、対韓国工作、極東におけるスパイ拠点の構築、日本の防衛力等に関する情報収集等を行っていた事件です。
警視庁は、その後の捜査により、自称小住健藏こと通称チェ・スンチョルを免状等不実記載同行使違反の容疑等で逮捕状の発付を

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